あの人、俳優の・・・
数年前、羽田空港での出来事である。
大トトロ(主人)と妹と海外に向かうべく、私たち三人は 空港ラウンジで待ち合わせをした。
JALお得意様ラウンジで、大トトロは白ワインを飲み始め、
妹はと言うと、明太子のおにぎりを頬張っていた。
妹とペチャクチャ喋っていると、
妹の顔のずっと後ろの方に、なんだか懐かしい顔が・・・。
あれ?・・・あの人、どこかで見たような・・・あっ!
妹に
「ねぇねぇ、さり気なく振り返って見てね。後ろの方にいる 白い髭の人、俳優の仲代達矢じゃない?」
妹はペリエを飲みながら振り返り、そうだよ、そうだよ、と
顔音痴の彼女にしては、珍しく言葉に確信がこもっている。
あんなに髭はやしてちゃ、ちょっとわかんないよね・・・、
さらに呟く私に、
「あの髭でこの間テレビに出てたよ。私見たもん。」と
そのテレビの内容を語り始める。
ほんと~?
ほんとだよ~。
妹はすかさず携帯を取り出すと、夫にメールを送っている。
すぐ近くに仲代達矢がいます・・・。
大トトロにも話をふってみたが、妹より更に顔音痴の彼は
分かんない、の一言。
多分そうだよね・・・でも確信がないね・・・とサインを貰いたい衝動に駆られている私に、もう一回免税店、見に行こうよ・・・と
妹が立ち上がった。
「彼」の横を二人でスーっと何気なく通り過ぎて、出口にさしかかった時に、
妹が
「お姉ちゃん、なんかさ~上着に仲代って書いてあったような気がする・・・」と立ち止まる。
「うそ!え~、もう一度見てきてよ~」
「やだよ~また行くなんて不自然じゃない・・・」
もう・・・
私は妹を出口においたまま、つかつかと「彼」に背後から近づき、
丁寧に折りたたまれている麻の上着に目をやった。
「彼」のひざに軽やかにかけられているジャケットには、
水色で確かに「仲代」と刺繍がなされていた。
そのまま直進して大トトロのところへ戻り、パスポート頂戴!、ペンも!、
と両者を受け取ると、そのまま「彼」のところへ戻り、
横にペタッと張り付いて、声をかけたのである。
仲代氏の笑顔は優しく「パスポートで宜しいのですか」と、お声もバイオリンの音のごとく麗しく、
見事に会話が成立し、パスポートの最終ページにサインを 書いて下さった。
遠くから恐る恐るこちらを眺めている妹にも手招きして、
「彼」に妹を紹介し、妹のパスポートにも立派なサインが 刻まれた。
お礼を申し上げて興奮気味で席に戻った私たちは
「あと20年若かったら、無名塾に入れてもらったのにね~」
などとすっかり女優のたまごと扮していた。
「彼」が遠くから、まるで映画「鬼龍院花子の生涯」の「鬼まさ」の
表情と目つきそのものでこちらをジーッと見つめた。あァ・・・
主人公の夏目雅子もこの目で見つめられたのね、麗しすぎる・・・
うっとりし始めた私は
大トトロに名刺を催促し、その裏に私たち姉妹の名前と住所と携帯番号を
書き連ね、お遊びにいらして下さい、美味しいお魚がたくさんありますので・・・などと食べ物で釣るかのような一言を書き添え、 飛行機のアナウンスに立ち上がった「彼」にそそくさと渡しに行ったのである。
「彼」は急に無邪気な笑顔をたたえ、
お遊びにいらしてくださいね、と声をかけた私に
はい、と確かに返事をしてくれた・・・。
あれから数ヶ月、携帯電話を眺めては、
見知らぬ着信記録がないものかと、ため息をついていたものだ。今では楽しかった旅のはじめの1ページである。
仲代達矢様、またお会い出来ることならお会いしたいです…。
(因みに最近知ったのですが、パスポートには印以外には書き込みはいけないそうです。真似しないでね💧)