翌朝、憧れのリッツでの初めての朝食。
会員になったは良いけれど、こんな贅沢はこれが最初で最後かもしれない。いやまた夢を持とう!思いなおして、
7時に大広間に入ると、他に客は誰も居なかった。 ミシュランの星も獲得したホテル内のレストラン "エスパドン"が朝食ルーム。
ハンサムな黒服のギャルソンが奥の席へと案内し、椅子を引いて華麗にエスコート。リッツのスタッフたちは皆がまるでワルツのように無駄なく、スマートに動く。
天井は高く壁紙は空の模様。シャンデリアが下がり、広間のあまりの優雅さに朝からうっとり。
どうやら、先日まで宿泊していたインターコンチネンタル・ルグラン・パリと違い、朝食はバイキング形式ではなさそうだ。
お飲み物は?ジュースは?サラダは?卵は?パンは?といちいち尋ねる。内容はいわばアメリカンスタイルのフルコース朝食。メニューには和食もある。
カフェオレを、オレンジジュースを、トマトサラダを、卵はオムレツを、フレンチトーストを、と注文した。大トトロはトマトサラダではなくフルーツサラダを頼んだ。付け合わせにポテトとウインナーも。
こんなに広くて一組しかいないってどういうこと?私たちのためだけにギャルソンを早朝から働かせているようで申し訳ない感じ。少し心配になっていると暫くしてあとニ組やってきた。心地良い音楽が静かに流れている。
ダイアナ元妃もここで朝食をしたのかしらね。うっとりしていると、
大トトロが、
「ここでするはずないよ〜!ルームサービスでしょう!セキュリティの問題があるからね〜」
そういえば、かのMr.フラナガンも映画の中でルームサービスを頼んでいた。なんだぁ、ルームサービスにしたら良かったのだ。
別のギャルソンがカフェオレを運んできた。
「にほんじん、です、か?」
「そうです。日本語お上手ですね。」
「わたしは、サムライ、です!」
こんな古いジョークがリッツの朝食で聞けるなんて。トルコの市場をふと思い出す。皆が皆、こちらを見て、サムライですか?ゲイシャですか?チョットマッテ!!と営業していた。
すると
「ミヤモトムサシ、しっています、か?」と質問してきた。
「知っていますよ。」
「わたし、ミヤモトムサシ、ダイスキです!」
「それはそれは」
よく見ると色白ではあるが、サムライのような顔つきをしている。
今度はフレッシュジュースを運んできた。
「ミヤモトムサシのコドモのとき、なまえは、なんです、か?」
思わず大トトロの顔を見て、なんだった?大トトロもしばし考える。
いきなり、
「あなたたち!ほんとうに〜!にほんじん、です、かーー?」
と刀を振り下ろすような仕草をしたかと思うと、またワルツのように軽やかに立ち去る。
「幼名…なんだったかな…」
大トトロの手が止まって真剣に思い出そうとしている。
そこへサラダを銀のプレートにのせて、ギャルソンが宮本武蔵風にステップを踏みながら運んでくる。
「もう〜!!ベンノスケ、ですよー!」
「そうだ、辨助だ!」
と半歩遅い大トトロ。
「ホント、に、あなたたち、にほんじんです、かーー?」
また、ヤーッと言いながら、刀を振り下ろすしぐさをしてみせる。
ahaha〜、笑うと、
「カタジケナイ!!」
と言いながら刀をしまう仕草をして、またワルツのように去っていく。
可笑しなギャルソンがいるものだ、と思いながらも、ここは五つ星の最高級ホテル。ミシュランの星2つも獲得している。
これはきっと初めての客に緊張しないようにと、最大級のサービスなのだ。笑わせてリラックスさせているのだと気がついたら、黒のスーツでキメながらも、三枚目を演じるフランス人の彼を愛おしく思った。
ミヤモトムサシのファンだというので、マンガ「バガボンド」の存在を紹介した。主人公は宮本武蔵。タイトルの
バガボンド(vagabond)とは英語で放浪者の意味である。
バガボンド〜!!と感動している。フランス語でも出版されていることをメモに書き、次いでに「御意 ギョイ Gyoi」についてもサムライ言葉であることをメモし説明すると、満面の笑みでマンガをネットで購入すると言い、何かあるごとに「ギョイ!」とオオムのように繰り返し始めた。
味も逸品であったが、接客対応は最上級であった。因みに朝食は一人60€であった。無料にしてもらい感謝。
(無料になった理由は前々回のブログをhttps://www.osharelife.work/entry/2020/01/10/001659)
美味しい朝食にお腹いっぱいで、まったりしたい私とは違い、大トトロは散歩に行くと言い出す。せっかくの五つ星。隅から隅まで見学したい。大トトロを送り出し、一人きりでリッツを独占状態。
部屋の中を歩き回り、紅茶やらが並べてある棚をじっくり観察。
この紅茶はダージリンであった。
珈琲は正当な香りと美味しさだった。
パウダールームの、つまり洗面所の蛇口は金色の白鳥である。
アメニティの箱やシャンプーも美しい。
トレーまで金色ピカピカ。
石鹸も香りがちょっと変わっていて良い香りなのだが、どことなくハーブの匂いがする。
ドアにDo not disturbのサインを出していないものだから、次から次に紺色のワンピースに真っ白のエプロンをつけたメイドたちが入ってくる。夕べ飲みきれなかったシャンパンの氷を新しくしてくれたり、グラスを新しくしたり、清掃はもちろん、度々、マダ〜ム、御用はないですか?とやってくる。チップを渡すのが大変だ。
部屋の隅にマカロンまで置いてあることに気がついて、ガラスケースから一個取り出し頬張る。口の中で一瞬にしてとろける甘さ控えめの大人の味。
美味しい!流石本場だ。
リッツのタオルが、おろしたてのようなフワッフワ。バスローブもタオルとお揃いの淡いサーモンピンクカラーである。部屋全体が白を基調にサーモンピンクと金色で仕上がっている。姫にでもなった気分だ。しばしベッドで読書しながらまったり贅沢な至福の時間。
そうだ、映画「昼下がりの情事」の舞台、Mr.フラナガンの部屋を探しに行こうと思い立つ。
全改装されて同じ部屋ではないけれど、場所はわかる。大きな大きなスイートルームなのだ。
階段を降り、壁にある地図を頼りに探す。ヴァンドーム広場に面しているのだから、この廊下の先あたりだろう。もうすっかりアリアンヌの気分。女子力がアップしていく。Mr.フラナガンはどこ?足音を忍ばせ廊下を歩く。
あった!位置としてはこの部屋である。その扉にはなんとウィンザーと書かれていた。
イギリスのウィンザー公爵のことだろうか。離婚歴のある平民のアメリカ人女性シンプソン夫人と結婚するためにグレートブリテン設立以降のイギリス国王としては歴代最短のわずか325日で退位した「王冠をかけた恋」で知られている。チャールズ皇太子に外見がそっくりである。
ん?今も似たようなことがイギリス王室では問題になっているではないか。
その隣の部屋はショパンと書かれている。
Wikipediaによると、このリッツには有名人が多く宿泊しただけでなく、中にはココ・シャネルやヘミングウェイなど何年も宿泊していた有名人がいて、敬意を評してその部屋に名前をつけているそうだ。Mr.フラナガンのモデルは、もしやプレイボーイのウィンザー公爵か。
更に階段をおり、ロビーから少し距離のあるショップに向かった。
フランス人らしい金髪碧眼色白のハンサムな坊やが店番をしている。笑顔も美しい。アンシャンテ〜、初めまして〜と挨拶しながら小さな店内に入る。リッツオリジナルのお土産を眺める。
珈琲も紅茶もリッツオリジナルブレンド。フランス版モノポリーのゲームもある。
お土産を幾つか選び、包装してもらいながら、店内のチェアでまったりくつろぐ。
金髪のママと金髪の10歳くらいの可愛らしい男の子の親子が入ってきた。
英語でなにやら親子でお喋り。店員に困ったように、
「この子がアイマスクがないと眠れないと言うのよ〜。アイマスクなんて置いてあるかしら?」
と尋ねている。
アイマスク…私のバッグの中にJALの飛行機で貰った未使用のアイマスクがそのまま入れてある。あげようかしら〜。子供がぐずっている。すると、
「ありますよ、ちょっとお待ちくださいね〜」と私の座っているところまで、購入したお土産を持ってきて、Merci マダ〜ム、とにっこりとチェアに置いた。
踵を返し、金髪ママのところへ何やら小さな枕くらいのものを持っていった。
情景が映画のように面白くて椅子から立ち上がれない。店員がその枕のファスナーをひらくと中からブランケットが出てきた。その角にセットなのかアイマスクがピンでぶら下がっている。色は全てベージュ。
金髪ママが
「これはカシミア?」
「そうです。ビュアなカシミアですよ」と触らせている。
金髪ママと子供が、そのカシミアのアイマスクを触って、
「どう?これでいい?」
とかなんとかささやく。
カシミアのアイマスクとは初めてだ。
アイマスクなんて飛行機内でもするかしないかなのに、ましてやカシミアとは驚いた。見るからに柔らかそうで安眠できそうだ。アイマスクがないと眠れない、なんて、なんと可愛い少年なのかしら。もう映画のワンシーンを眺めているようで、うっとり見惚れる。昔オランダのアムステルダムで珍しくアイマスクを購入したことがある。その刺繍の文字はダイアナ元妃の最期の言葉であった。訳すと「放っておいて」。
金髪ママは、ブランケットはいらないのだけど〜と言っているようだが、店員が手品のように手早くブランケットをたたみ直すと、これまた同色のカシミアの袋に入れ直し、枕にもなりますからお昼寝にも便利ですし、普段はクッションとしてお使いになれます。グレーのお色もありますよ、と勧めている。金髪ママが、これお幾ら?と尋ね、500€です、と答えるハンサム店員。日本円で6万円である。金髪ママは小さな息子に、これで大丈夫?ベージュで良い?と尋ねると、うん!と首を縦に降り嬉しそうだ。そのままお会計。
JALのビニールのアイマスクなど渡さなくて良かった。丁寧に断られ恥をかくところだった。きっとリッチなのだろう。このチェアに座っているだけで、いろいろと刺激あるゴージャスな景色と会話を楽しめそうだ。一日中いたいくらいだが店員に別れを告げ、廊下に並ぶブティックのウィンドゥショッピングを続けた。
夜はリッツのレストランでディナー。白ワインを頼み、生牡蠣を注文した。磯の香りが口いっぱいに広がる。キノコのリゾットもたまらない美味しさであった。
一度入ってみたかったホテルのBarヘミングウェイは常に満席。仕方なくその隣のリッツBarに入る。メニューを眺める。
薔薇のカクテルをオーダーし、心地良い音楽と両隣りから聴こえてくる柔らかなフランス語の小さな世界に混ざって、大トトロと半酔いしながら、パリ最後の夜を楽しんだ。
明日は早朝から、いよいよ心の故郷イタリアに出発だ。
つづく
ひと月だけのお試しもOK!