早朝7時、ベッドサイドのスマホが振動した。電話だ。
誰?
大トトロからだった。
ん?なになに?
電話に出ると
「今、庭にいるんだけど、指切っちゃったから早く来て〜!」
「血は流れているの?」
「流れてるよ〜」
驚いて毛布を蹴散らし、ティッシュの箱を持ち、寝巻き姿のまま庭に飛び出す。
左の指先から血が滴り落ちている大トトロを発見。早朝から庭仕事をしていたらしい。
「どこ?」
「この第一関節の爪の手前のところ」
よく見ても鮮血が吹き出しているので傷すら見えない。
「直ぐにホースで水洗いするから指を下に下げて!!」
庭のホースを引っ張ってきて
大トトロの左手に向かってシャワー噴射。水と共に赤い液体が芝生に流れ続ける。
「すごい血だね、指先の血は半端ないからね」
「指が取れそうなくらいに切った」
「何で切ったの?」
「植木バサミ」
「…は …。」
ホースの水道水で洗いまくった後、ティッシュを何枚も指に当てた。
「このまま指を心臓の上まで、頭まで上げておいて!」
急いで庭から部屋に戻り、手を石鹸でよく洗ってからオキシドールと絆創膏、パイロールを持ってまた庭に戻る。
テッシュは真っ赤に染まっている。
「テッシュはずして!」
まだ血が滴り落ちる指の傷に向かって、オキシドールを100ccくらいぶっかける。左手人差し指の指紋のところに真横に深い傷があるのが見えた。
もう一度オキシドールを100ccほどぶっかける。
そのまま、傷口にパイロールをてんこ盛りに塗り、絆創膏を指にかぶせるように縦に貼って、二枚目は指を包むように横に巻いて、もう一枚、また指にかぶせるように三枚キッチリと貼った。
「指を頭の上に置いてこのまま30分この椅子に座って」
庭の椅子に座らせて、大トトロの指先を見ると、血の海が出来てはいるが、絆創膏の隙間からは流れてはこない。
助かった。もう大丈夫だ。
「大丈夫だからね、そのまま静かにしていたら血が止まるからね」
「うん、ありがとう」
大トトロは放心したかのように、頭の上に両手を載せて、左人差し指だけたてている。事情を知らないご近所さんが塀の外から見たら妙な姿である。
本来なら、近所のかかりつけの病院にかけつけて、傷の深さ、血の量からすると縫わないといけないかもしれないが、なんたってゴールデンウィーク中。病院は休みの上、こんなご時世に救急車など呼んでいられない。
指が切断しても、切断した指を持っていけば、指はくっつくと以前から聞いていた。ただし周りは縫うのでしょうけれど。切断までは至っていないので、自分でも驚くような判断と手際の良さで応急処置をした。
あんなに血が吹き出していても微動だにしなくなったのは女性の特権だろうか。
昔、医学生だった弟や、医学部の元彼が、授業で教授が人体解剖をする時、最初はキャーキャーオロオロしていた女子学生が、授業が終わる頃にはいつの間にか最前列に来てガン見しており、後ろでは数人の男子学生が白目をむいて倒れていたりする、と話していた。さもありなん、と思っていたが、自分もいつの間にかその最前列にいる口だと自覚し、我ながら驚いた。これなら従軍看護婦にもなれたかも。
傷口の消毒、洗浄用オキシドールは、コロナ騒ぎが始まった頃、なにかあった時の用心のために薬局で買っておいた。用意周到で自画自賛したくなる。
パイロールは昔からキップの愛称で呼んでいる、我が家の常備薬である。傷、あかぎれ、火傷、水虫まで多岐にわたって使用出来る塗り薬である。
いざと言う時、女は強い。逞しい。これも女子力のひとつだ。
大トトロはまだ言われた通りに頭の上に指をたてている。
「もういいよ、テーブルに肘をついて心臓よりは上にしておいてね」
楽な姿勢になると、やっと
「花が綺麗だね」
と大トトロがポツンと呟く。
庭にはジャーマンアイリスが群れをなして咲き、一番咲きの薔薇スパニッシュビューティーも満開だ。
3時間後、また絆創膏を剥がしたら、血の海はほぼ固まり、消毒して再びパイロールをてんこ盛りに塗って、絆創膏できっちりととめた。
あれから数日、破傷風にもならず回復に向かっている。傷口は治ったが、神経を傷つけたようでまだほんの少し痛みが残っているそうだ。しばらくゴルフがお預けになって丁度良い。
不要不急の外出を避けて引きこもっていても、何がおこるか分からない。もはやオキシドールは売り切れ状態だが、マキロンなど傷口の消毒液はまだ売り切れていないので、常備していない方は備えておかれることをお勧めします。
おわり
ひと月だけのお試しあり