癒されるモノ・トコロ・ヒト

逗子に暮らす作家がおすすめするアラフィフ生活

メダカ全滅の巻

 

庭に水蓮鉢が二つある。

 

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直径50cmくらいの大きな陶磁器とその陰に茶色の陶器の水蓮鉢。

昔は手前の水蓮鉢はリビングにあり、丸いガラス板を置いて、ちょっとしたテーブルに使っていた。

 


それが今では文字通り、水蓮の入った鉢となって庭の中程に置いてある。飼っていた愛猫が23歳の高齢で老衰すると、同時にペットロスになり、メダカしか飼えなくなった。

 

正確にはメダカの前に夜店ですくった小さな金魚を1匹飼っていた。約2年飼って小さな金魚は8cmくらいの大きさになり、毎朝庭に出て元気に泳ぎ回る彼女に餌をあげながら、「そのうち優雅な大池にお嫁に出すわね」などと語りかけて、どこの大池に放流するかほぼ目星をつけたころ、ある朝彼女は自ら水蓮鉢から飛び出して、日干しになっていた。水中ではふくよかな綺麗な金魚だったのに、日干しになった姿は小さく哀れだった。

それ以来しばらく、金目鯛が食べられなくなった。

 


元気の良い金魚がジャンプして水蓮鉢を飛び出したのがかなりショックで、それからはメダカしか飼えなくなった。

 


近所のペットショップで買った金色のメダカ十数匹を水中に放した。暫くのち、黒いメダカも入れてみた。すると卵を産んで稚魚が泳ぎはじめ、観察しているとその小さいながらも泳ぎが速いのに驚いたものだ。

そして今度はシラスが食べられなくなった。

 


大トトロと二人して、生まれたての稚魚をすくっては、ガラスの金魚鉢に移しかえ、親メダカが稚魚を食べないよう保護していた。稚魚は大きくなり、その中には珍しい金色と黒のブチまで現れた。

元気に泳ぐブチ。タニシを入れるとメダカのフンを食べてくれるので、水はいつも綺麗、そう聞いていたので実行していた。

 

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しかし数年前から、ふた月もすると水蓮鉢は濁りはじめ、水底にフンが溜まっている。仕方なく大掃除をして、一匹も見逃すことなくすくい出し、水を新しくして、増えまくるタニシの子供も全て救って、水草を洗い入れて綺麗な環境に整えていた。ブチは何年になるだろう。3年以上は水蓮鉢の中を元気よく泳ぎ、毎朝餌をあげる私の影が近づくと水面に浮上してきた。

 


「メダカが水草に卵を産んでいるよ〜!」

 


日曜日の朝、大トトロが庭から叫ぶ。それは大変大変。

 

いつものように水草の卵の部分だけをちぎって、別の水蓮鉢に浮かべたりしてなんとか生まれてくる稚魚を守らねば、と早朝からてんやわんやの日を何度も経験した。しかし、不思議なことに、卵がついた水草を移動させると稚魚がかえらない。タニシの赤ちゃんが増えているだけだ。どういうこと?タニシが食べちゃったんじゃないの?などと会話したものだ。

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今年の春から梅雨にかけて、長雨と忙しさにかまけて、餌をあげはするが、水蓮鉢の様子に時間を割く心の余裕がなくなった。気がつくと、毎朝会いに来ていたブチの姿をはじめ、メダカの姿がない。気温が低いから底にいるのだろう。安易に考えていた。姿が見えない日が続く。水草ばかりが繁り始めている。

 


おかしい!

 


早朝6時に水蓮鉢の水草を取り出すと、それは想像以上に繁茂し絡まり合い、10cmくらいの厚さの丸い座布団のようになっていた。これはマズイ!水も淀んでいる。

 

重い水蓮鉢を斜めに前倒しし、中の水を庭の芝に少しずつ流し始める。間違ってメダカが芝生に落ちたら救うのが難しいので、白くて大きなタライを置いて、その中にひとまず水を流す。流しても流しても、メダカの姿は現れない。

汚れた水とタニシの赤ちゃんが流れてくるだけである。

あ〜ぁ、もうダメだ、やってしまった、もしや全滅か!

 


底にひいてある小石が見えてきて水嵩も少なくなり、泥泥した沼地のようなドロ水と汚臭が残った。するとそのドロの中に跳ねる何かがいる。己の母性愛の女子力でイトミミズがウヨウヨとうごめくドロ水の中にエイッ!と素手を突っ込み一気に救いあげると透き通った白いメダカが手のひらに乗った。生きていたのは小さな一匹だけだった。座布団のように生い茂った水草にフタをされたかのように水中に酸素も光もいかず、タニシだと思っていたものは実はタニシなんかではなく、よくよく調べてみると、大事にすくっていた水草についた透明の卵のようなものは、メダカのものではなく、タニシのものでもないことが分かった。タニシは卵を産みつけないのだ。正体は外来種のサカマキ貝だった。メダカの環境に良くない卵をわざわざ救出し育てていたのだ。ブチを含め数十匹が全滅した。

勘弁してよ、我が身の不甲斐なさに泣けてきた。

 

辛うじて生き残った一匹のメダカを救い上げ、ガラスに入れてリビングに持ち帰り、大トトロに告げると、マジかー!と、救い上げたメダカを暫く茫然と眺めていた。

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人間とは面白いものである。こんなに小さな生き物にさえ愛情をそそぐ存在なのだ。果たしてヒト科は本当に弱肉強食か。メダカにとっては水中の世界が全てであり、その外に自分を養い心を配っている存在がいることなど知らない。そのものの都合で、生きながらえたり、全滅したりする。

 


果たして地球も同じではなかろうか。人間も井の中の蛙ではないか。人間を養い心を配っている存在(神さま)がいるのではないか。逆に、地を全滅させようと悪いものを撒き散らして画策しているもの(悪魔)も存在しているのではないか。

 


考えてみると、海に泳ぐ魚たちはメダカはもちろん、昆虫にも猫にも出くわしたことがない。ところ変われば、そこには自分とは全く違う生き物がいることなど想像もしない。

 


人間には想像し探しに行く能力があるが、未だ地球という水蓮鉢の外の生物には出会っていない。きっと出会えない仕組みになっているのだ。

 


今宵はペルセウス座流星群が明け方4時頃まで天体ショーを楽しませてくれる。そのずっと向こうから、地球という水蓮鉢を覗きこみ、毎日太陽の光を、夜の光の月を星を、雨を、風を与え、大地の恵みを与えてくれる誰かがいるのではないか。いたらどんなに良いだろう。今地球上は泥泥の沼地と変わらないほどに汚染されている。自然界の緻密に設計されているシステムが破壊されかかっている。いつの日か、出来れば近いうちに、まだ間に合ううちに、大掃除をしにきてくれる神さまを私は待ちたい。全能の神さまは私のように愚かに忙しさにかまけることはないだろう。メダカを全滅させてしまったように人類を全滅させることはないだろう。きっといつの日か、この窮状を救いにきてくれるに違いない。直ぐではないのには、何か特別な理由があるのだろう。それは例えば人間が悔恨する日を待っているとか、自然であると思っていたものが実はすべて用意されていたものだと多くの人が気付くのを待っているとか、神さまの側に深い洞察と事情があるに違いない。

 


そう思うと、なぜか心に平安な光が灯り、穏やかな気持ちで目を瞑れるのである。こちらからは見えないけれど、空の上の神さまに話しかけることは自由だ。きっと聞こえているに違いない。それを祈りというのであれば、いつも祈っていたい今日この頃である。

 


神さま、私たち人類にはあなたのことが見えません。見えないからといって存在しないとは限りません。いま世界を悩ませているウイルスも人間の視力では見えないのです。視力には限界がありますから、小さすぎて見えないものと大きすぎて見えないものがあるのでしょう。でも目に見える自然界のものは実に美しい。あなたは多くの物を備えられました。茶色の土から色とりどりの花々が咲き、美味しい野菜が育ちます。青い空に蒼い海。山々は緑で、四季があります。それらは正に、神秘、神さまの秘密のマジック。そして人体のシステムの精巧さ。人々の心も大切に育てば美しく咲きます。粗雑に扱われれば傷だらけになります。心はなんと繊細なのでしょう。そして人の命はなんとはかないのでしょう。そんな小さな人類を守ってください。あなたにとって人類はメダカのようかもしれませんが、救出にきてください。あなた無しでは生きていけないのです。お願いします。