憧れのリッツにcheckinし、ホテルマンのエスコートで長い廊下を歩き、エレベーターに乗り込む。
部屋は5階。白い壁のクラシックな廊下が続く。白い扉が開かれ、部屋の中に入ると、そこにもまた白が基調の憧れの世界が広がっていた。
既にスーツケースが2つ、クローゼットの台の上に並んで置かれている。
ボーイがパウダールームに案内し、パッチパネル付きの大きな鏡を操作し、ここを押すとミュージックを選べるなどモニターの使い方を教えてくれた。鏡の中の黒い部分がパネルである。
チップを渡しボーイが去ると、ダブルベッドに寝転んだ。天井にはガラスのシャンデリア。ふぅ、やっと登頂したかのような嬉しいため息と満足感に倒れ続ける。
シャンパンまであるよ。
大トトロが氷の中からシャンパンを取り出す。どんなシャンパンか見に行く。
Mr.、Mrs.⚪︎⚪︎とカードがついている。シャンパンはリッツのオリジナルであった。その下にロスチャイルドと書かれている。ロスチャイルド家の農園で出来た葡萄なのか。大金持ちは上でつながっていると聞くけれど、本当なのだろう、などと勝手に妄想し感心しながらグラスを用意する。
フルーツもどれも美味しそうだ。
大トトロが早速シャンパンをポンと開けて二人でシュワシュワ〜。辛口。
美味しい〜!セボ〜ン。
喉が潤う。
足元のスリッパまで美しい。
しかし、せっかくcheckinしたこの部屋に、ゆっくりしてはいられない。今宵はパリオペラ座で「リア王」を観る日なのだ。そそくさとドレスアップしながら、
「こんなお贅沢が二つも重なるのは困ったものね〜。この部屋でゆっくりしたいね〜。」などと贅沢な呟きをしながら支度を終えてロビーに降り、タクシーに乗り込む。
闇の中にたたずむオペラ座は巨大で、相変わらず薄暗い光にまとわれ、確かに怪人がどこかに住んでいるかのような気配と不気味さを漂わせている。
その建築物の壮麗さと,、劇場の天井シャガールの絵画は、いつ見ても日本人の人知を超えた、荘厳さと優美さにあふれている。
久しぶりのオペラ座は前回同様に、陽の短い初冬の空気に包まれている。
前回は、ボリショイバレエ団のくるみ割り人形を観た。一瞬も目が離せない最高峰の舞台であった。舞台装置も衣装も照明も踊り手もオーケストラも一流であり、こんなに麗しいバレエは他にはないと感動した。4歳からクラシックバレエを十数年も習い、コンクールに出るほどまで鍛錬したので、バレエの舞台を観る目だけは養われている。ボリショイの偉大さには感服して拍手喝采が止まなかった。
今宵の「リア王」も楽しみだ。
リア王は小学生の時に学校の図書館で読んだだけなので、スマホで復習する。
「リア王」はイングランドのシェイクスピアによって書かれた四大悲劇の一つであり、5幕構成で1604年頃の作品だという。
長女ゴネリルと次女リーガンに国を譲った老いたブリテンのリア王が、期待していた二人から裏切られて国を追い出され、半ば狂気に囚われる。そして、以前勘当したままフランス王妃となっていた末娘コーデリアに助けられるも、フランスがブリテンとの戦いに負け、救いのない悲劇のお話。
現在のエリザベス女王もどこか似たようなご心境なのかしら。
ブリテン王国時代の話なので、当時の舞台装置や衣装などに期待を込めて、天井桟敷の席についた。
幕が開いた。舞台装置はシルバーの金属らしき長細い板が無造作に置かれているだけ。森の中を想定しているのであろう。まさかこれだけではないよね…。
その中にヨレヨレのスーツ姿のリア王が狂気にさらされうずくまっている姿から始まった。
え〜スーツ?!これじゃ現代劇ではないの〜。内容が内容だけに、これを現代劇のように演じられては、オペラ座で「渡る世間は鬼ばかり」(橋田寿賀子脚本)を観させられているようなものだ。クラシックの華やかなドレス姿を期待していた王の娘たちまでが、グレーのスーツ姿ではないか。参った。娘が老父を罵倒しコケにしている。
わざわざドレスアップして絢爛豪華なオペラ座に足を運び、巷に溢れかえっている痴話喧嘩を観る。罵り合う声が、ビロードをまとった美しき客席すべてに流れまわり、吸い込まれる。
ふと隣の大トトロを見ると、目は舞台に向いているが瞳は半分眠っているようだ。反対隣の父と息子は時々大きなため息をついている。客席中が心を痛め、身につまされ、あちゃ〜と眉をひそめている様子が伝わってくる。
辛抱しきれず、大トトロの耳元にささやいた。
「一幕が終わったら、帰るからね。」
「ん?え?帰るの?」
「こんな現代劇観てられないわよ、早くリッツに戻ろう。」
大トトロがOKサインを出した。
一幕がようやく終わり20分の休憩。天井桟敷から階段をこれでもかと降りて出口に向かうと大勢の波。出口に心配そうな表情のスタッフが立ち、また戻られますか?と不安そうな声で尋ねるので、思わず、戻りますというと、戻られた時にはこれを見せてください、と小さな紙切れを渡された。しかしもう戻らないであろう人の波はオペラ座前広場まで繋がっていた。
外の冷たい空気が気持ちを鎮め癒してくれる。リッツまではすぐだ。
あれはないよね、舞台演出にお金がかかるのは分かるけど、あそこまで簡素化されて観る舞台ではないわ〜。チープな席にして正解だったね〜。最近はオペラが簡素化していると問題になっているのよね〜。まさかパリオペラ座までとは〜。お隣の老紳士がお気の毒になっちゃったわ。などと優美さなど一つもない姥捨山の救いなき内容に傷つきながら、ヴァンドーム広場までの500mをウィンドゥショッピングしながら歩く。
店々のウィンドゥが鮮やかで美しい。NINA'Sの紅茶の店も発見。ベルサイユ宮殿のローズを使った薔薇の紅茶の店である。途中お腹が空いて、久しぶりに中華料理をたらふく頂き、ホテルへ。
高貴で平和な装いの、美しいヴァンドーム広場が見えてくる。夜のオテル・ド・リッツは、灯りがこれまた美しい。
リア王の苦しい世界から逃げだし、ホテルに戻った時には、地獄と天国をいっぺんに経験したかのような気分だった。
つづく
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